こちらの記事です→大人も悩むLINEの「既読無視」――問題の本質とは? 。私はLINEは利用していませんが、「既読無視」という言葉は知っていました。意味は差詰め「受信したメッセージは開いた(読んだ)がそれに対し返信・反応しない行為」でしょうか。
私はLINEを利用しておらずかつサービス内容にも理解が乏しいのですが、この既読無視に対し短絡的に苛立ちや不満、更には怒りを露わにする人が多いようです。それに対し感じるのは「何故自分のメッセージに返信・反応が無ければ、即座に負の感情を抱くのだろう」ということです。例えば仮に私がLINEを利用していて既読無視されたとしましょう。その時私なら、①相手にも事情があるのだろうとしばらく様子を見る、②そのメッセージが急ぎで直ぐに返信を欲しいなら、電話なりeメールなり他の連絡手段での返信要求を試みる、③もし既読無視の状態が長時間・日数続いており自分が気になるのなら、直に相手に確認する、等の反応をするでしょう。
いずれにせよ、「事象だけ見て頭ごなし・短絡的に無思考に反応しない」でしょう。これは何もLINEの既読無視に対してだけはありません。例えば他人が何か言ったとして、それが事実に反していたとしましょう。人によっては「言っていることが違うじゃないか!」とか「嘘つき!」等と感情的に反応する向きもあるでしょう。ですが私が心がけている反応の仕方に従えば、「事実と異なるようだけど、どういうことだろう?」と考えるという過程を意図的に入れます。冷静になって物事と向きあえばそれだけ事の本質・真実が見えてきます。この例の場合なら、無論意図的に嘘をついたという場合もあるでしょうが単に勘違いだったり他人からの噂や情報を真に受けてつい言ってしまった、等という場合も十分にあり得ます。
この様に「ちょっと考える手間を入れる」だけで誤解や行き違い等による悲しい出来事や事件・事故を防止・減少させられると私は考えます。これは「短気は損気」と近いものがあるでしょう。
知っての通り、世の中には多くの人がいます。当然ですが自分以外は全員「自分ではない」のです。自分と違って何の不思議もありません。既読無視の話に関して言えば、これが仮にLINEの使用規定に定めらているとか法律等で違法と規定されている等でないなら、既読無視に対して不快に感じ相手を攻撃するということは不法行為と言って差し支えないと私は考えます。
ただそうは言っても「郷に入れば郷に従え」という言葉もあります。聞くところによると、LINEには「グループ」というものがあるそうです。そのグループを「郷」と考えれば、その郷において慣例的になっている行動規範にある程度従う事でその郷内においての秩序を保つ事に寄与する場合も多いでしょう。従って多少無理しても既読無視の状態にしておかないというのも立派な対処法の一つと言えるでしょう。無論、それが自分にとって耐え難い苦痛だったり受け入れがたい事ならば、可能ならばその人間達と距離を置いたり絶縁するというのも選択肢の一つでしょう。
最近は世の中の仕組みが複雑化しサービスや価値観が多様化し、それに伴ってか人間関係で思わぬ摩擦・軋轢が発生する事例が多く見受けられます。それら一つ一つの事例にこれと言った絶対的な正解は無いと私は考えています。重要なのはいろいろな事象に対し、どうすれば妥当に解決させられるだろうかと自分なりに考え行動する事だと考えます。
無論その結果上手く事態を軟着陸させられる時もあるでしょう。逆に望んだ結果に至らない場合も出てくるでしょう。それらの良くも悪くも起きてた結果に対し一喜一憂してばかりでなく、それらから今後の自分の人生の道標になるような気付きや学びを見出し自分の糧とし続ければ、それらが経験値となり次回以降に何事か自分に起こった時により柔軟に理想的に対処出来るようになる可能性が高まります。人生におけるケーススタディとデータベースの構築と言ったところでしょうか。
では今日はいささか冗長になったので終わりにします。本日もありがとうございました。また次回お会い出来るのを楽しみにしています。失礼します、さようなら。
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